(セブンティーン第二部)
大江健三郎
1
夏はまさにあらわれようとしていた、空に、遠くの森に、海に、セヴンティーンのおれの肉体の内部に、夏は乾いた鋪道の地面にむかってゆるめられる消火栓からの水のように盛んに湧こうとしていた‥‥
おれは雨あがりの朝、左翼たちの集団が包囲をといた国会議事堂前広場を、青年行動隊の仲間たちと訪れて缶ビールを飲んだ、勝利を祝うために。おれは勝利にわずかながら酔い、そしてもっと豊かな寂蓼感を頭のなかに、また胸のなか躰中の筋肉のなかに熱いむずがゆさのように育てた。左翼たちは石器時代の人間のように石をその武器とするために、現代の工夫が固めた鋪道の石を剥ぎとっていた、その剥ぎとられ掘りおこされた鋪道の上に、おれは踏みにじられた娘の死骸の幻影を見た。もっと多くの死骸がそこに横たわるべきだったのだ、左翼どもの暴動、市街戦、そして雪のふりしきるさなかまで、おれたちは天皇のための銃をとって闘いつづけているべきだったのだ、二・二六のときのように。
おれは奇妙に寂しくてたまらず、裏切られたような、うろ[#「うろ」に傍点]寒さを感じて、静謐のなかに安定している傲然とした国会議事堂をながめた、それは他人の城だ、よそよそしい。そしておれは、五月来の戦闘のあいだ身近に感じられ、この手に握ることのように思えた政治が、またもとどおり、遠くなり、他人の城にとじこもってしまっているのを感じた。おれは唾をはき空缶を破壊された鋪道に投げすてた。仲間たちみんながそれにならった、おれはおれだけがこの祭りの後のようなうろ[#「うろ」に傍点]寒さを感じているのではないことを知った。缶と敷石とのふれあう空しく不快な音がそれをおしえたのだ。
おれたちは皇居にもうでるために坂をおりて行くときも、まったく士気あがらなかった、五月の暗く青葉の匂いだけ激しい疲れきった夜更けにも、おれたちはこんな湿っぽい行進はしなかった。おれは走り去る自動車の窓や水たまり[#「たまり」に傍点]やショウ・ウィンドウに、この数ヶ月で圧倒的に逞しくなったと思われる自分の躰がうつるのを見たし、また眼をつぶって躰中に力をこめると胸が厚くなったことや筋肉があらゆる細部で硬く育ってきていることが感じられたが、それだけで楽しい気分になることもその瞬間にはできないのだった。
しかしいったん宮城前広場につくと、おれは昂揚と幸福感にとらえられ、至福の満ちおこる汐におし流された。おれはあらためて、朝の教育勅語奉読から、夕暮に御真影に祈る眼も昏む快楽の一瞬まで、おれの皇道党本部での生活が天皇によってつねに償なわれ満たされ光輝をそえられているのだと感じた。おれが現実生活のなかでどんな寂蓼感をもつときがあろうと、天皇の子としてのおれには至福の瞬間の連続しか真実ではないのだから、その灰色の世界こそ欺瞞なのだ。天皇に関係のないことを考える必要はないばかりか、天皇の眼、天皇の耳において世界をとらえるほかのことをおれはすべきでない、それは私心なのだから、おれは私心なき忠に徹しなければならない!
おれは天皇にかかわりのない現実世界にたいしてはまったく冷淡な、ものぐさで不精な若者になろう、あの左翼かぶれの教師どものいる学校には念をいれて出席する必要もないだろう、天皇はおれの真の太陽だ、真夏の太陽だ、外の世界におとずれる夏よりも早く、そしていつまでも、おれの内部世界には天皇の太陽が真夏をもたらしていたのだ、おれは天皇の夏休をあたえられた学生だ。おれは天皇のためにのみ全速力でエンジン全開で疾走するために、ふだんは情熱をストックしておこう‥‥
党の機関紙に新人紹介[#「新人紹介」に傍点]という欄がある、そこに載せられたおれの紹介文は次のようだ、おれが自分の内側で考えていることがそのまま外側から見たおれ観[#おれ観」に傍点]になるという奇蹟を、おれはここで生れてはじめて体験したような気がする、ずっと幼なかった幸福の一時期をのぞいては。とくにあの汚ならしい自意識の悪魔にとりつかれてからというもの、それはまったくおこりえないことに思われたのだったが、党紙編集者は書くのだ。
≪十七歳の若冠なれども行動にあたっては勇猛果敢、赤色分子を蹴ちらす。恐怖を知らず、わが身をかばうことなき勇士なり。十七歳にして入党を許されたる唯一人の少年党員として修業、諸党員の間に伍して歩をゆずらず、勤勉その進境著しく大成の期待をうく。されども党本部における日常生活においてははなはだ温順、寡黙、礼儀ただしく思いやりあり。いつの日かの飛躍を期して爪をかくしたる能ある仔鷹のごとし。全学連の同年輩諸君、爪の垢でも煎じて服用しては如何?≫
おれはこのような人間として皇道党本部に存在していたわけだ。おれのようにインテリの父親をもつ小市民家庭にはいちばん育ちにくい、農民的な性格[#「農民的な性格」に傍点]をもった人間として、おれはそこに生活していたのである。
そしてそのあいだに、保守党内閣が別の派閥の保守党内閣にかわっただけで、民心一新[#「民心一新」に傍点]していた。また問題の軍事条約はむすばれたが、左翼どもは保守派の派閥の一代表者をたおしただけで満足し、国会包囲をといていた、その包囲陣の学生の一人は、≪日本がいやになった≫という泣きごとの詩を発表していた。おれの心の夏におくれて、季節の夏は、そのあいだに、行動後おれが油布でみがく党の鉄兜のように輝きながら、まさにあらわれようとしていた‥‥。
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