先日ネットをウロウロしていて大変なことを見つけました。
あの…あのサイモンとガーファンクルが大変なことになっていたのです。
ニューヨークの小学校で親友だった二人が1964年(23歳)に「トム&ジェリー」で活躍していたのをSimon and Garfunkelに変え『水曜の朝、午前3時(Wednesday Morning,3A.M.)』でデビューしたのが始まりであるが。
二人はもう67歳で、音楽活動はやめてはいないだろうが一時ほど勢力的ではないはず。とは、思っていたがガーファンクルの頭がこんなことになっていようとは想像さえしていなかった。

まあ、見事な「お茶の水博士」状態である。ポール・サイモンのほうは当時から元々「ゆたかな頭髪」ではなかったがあまり大きな変化はない。

二人の出世作「サウンドオブサイレンス」は、1967年公開の映画「卒業」がヒットのきっかけになり世界的なヒットになったのだが。俺は1967年と言えば中2で、ラジオの深夜放送を聞きながら勉強をしていた。カメ・アンド・アンコーとか糸井五郎さん(レモンちゃん+みのもんた等々)とかの当時は中継されていないので尼崎(兵庫県)でナショナルワールドボーイ
↓↓多分これ↓↓

を駆使して聞いていた。
このラジオは、中3の時に高校生だと嘘をこいて「薬品会社」でアルバイトして自力で買ったものだ。アセトン(有機溶媒)の匂いは、今でも懐かしい。
24時ぐらいまでは、毎日放送の「ヤングタウン」を聞いていた「ヤングタウン」では顔を見たこともない桂三枝を聞いて……そうそうウッディウーとかいうバンドもこの番組に出てきたように思う!?
皆さんがアリスの歌だと思っている「今はもうだれも」は元々はウッディウーが歌って関西では中学生の間でけっこうヒットした。作ったのは杉田二郎とバンドを組んでいた佐竹俊郎さんという方で佐竹さんはもう亡くなっているらしいです。
中二の後半か?に、毎日放送の「ヤングタウン」のフェスティバルが大阪府立体育館でありそこで桂三枝のブツブツ顔を見てびっくりした記憶がある。ゲストの高石ともやさんは当時「受験生のブルース」が大ヒットで大阪府立体育館の俺たちがウロウロしている正面玄関?にデカイリムジンで乗りつけギターケースを抱えて歩く姿に後光が差していたような気がする。まあ、大スターである。
ハゲの話であるが。俺たちもぼちぼち危険な世代である。
俺も父親=ハゲ・祖父=ハゲ・叔父=ハゲ・年上の従兄弟=ハゲでハゲるのは確実だが観察していると60代がヤバイようである。親父などは60代後半数年で、見事にガーファンクル状態になった。髪が短いので「ほぼツルッパゲ状態」である。
散髪屋(理容店)で、
「髪がふさふさの人とこのツルッパゲの頭とが同じ料金とは納得がいかん」と交渉したらしいが(もちろん冗談で…)
散髪屋が「サンパツの料金は(頭ひとつ単位)での料金ですから」
と、言われたらしい。(実話)
俺は長髪にして後ろでくくったことはあるがカーリーヘアーにはしたことはないが、「カーリヘアーとハゲ」は確実に関係があると思う。
で、思い出したのは笑福亭鶴瓶さんのことだ。鶴瓶さんは俺より2〜3歳年上だが短髪ではあるが額(ひたい)のM字化が尋常(普通)ではない。

「突ガバ」ではカーリーヘアで活躍していたのが、時代が過ぎるともに頭髪がたいへんなことになっている。、「カーリヘアーとハゲ」は確実に関係がある。
何年後か、俺がハゲになったら居直って「スキンヘッドにニット帽」でごまかすつもりではあるが……



