2008年12月08日

昭和20年代の文庫本

     汚部屋という状態ではないが、俺の座る近くに本がジワジワと溜まってくる。「読む予定の本」「読んでいる途中の本」なら理解できるが手元にあって欲しいだけの本・ちらっと見たい本。と、いうのが出てくる。それがジワジワと増えて行く。
これでも、2週間前にはそれまで溜まった本をダンボールに入れて整理したのだが……
今、近くにあるのが。文庫本と新書が23冊・文学界11月号12月号1月号・単行本が2冊である。本棚が小さめが一つと大きなのが一つあるのだがあふれている。その前に本棚に入らない本がダンボールに二つある。これでも、かなりの本を処分したのだが。本は売ってもたいした金額にはならないし「なんとなく、後ろめたい」。単行本は地元の図書館に寄贈する。読みたければと図書館に行けばいいのでこれはお奨めである。

山之口獏
(沖縄の詩人・1903年9月11日 - 1963年7月199日・琉球人ではなく薩摩からの帰化人の子孫・言語は日本語)
の詩集は、大きな顔をして図書館に鎮座している。この本は、寄贈すると司書に見せた瞬間に「これは、いい本です」と司書が言っていた。
すでにある本と重複しても、図書館が管理か処分してくれるので間接的にキープと処分ができる。その本は、図書館にあるわけだから。これも、読みたければ図書館に行けばいいだけになる。

     ごく少数だが、捨てようとされていた本を俺がレスキューしてきた本がある。俺が持っている文庫本でも、古くて昭和40年代だが昭和20年代の文庫本は内容に問わずレスキューしてしまう。
もちろん、汚れてある本はあきらめる。

文庫本というのは、大きくは1927年創刊の岩波文庫が古典の普及を目的として。と、いうのが始まりらしい。本の流通はあまり知らないが、岩波文庫は店に並べる段階で本屋の「買取」が条件らしく並んでいる書店は少ない。他の文庫は、返品可能なので極端に考えれば売れないでも本屋はスペースと手間だけの負担でいい。とか……

岩波文庫は、旧漢字&旧仮名遣い=作家・訳者が書いたとおりの漢字・仮名遣いで出版しているのでこれも魅力になる。20年ほど前に亡くなった祖母がくれた手紙は旧漢字&旧仮名遣いだった。俺が小学校の時代は難しい漢字はなかったが。「お勉強を、がんばりませう」とか書いてあって「おばあちゃん、間違っている。(がんばりましょう)なのに…」とか思っていた。母親も昭和の初期の生まれなので、俺の小さなころは旧漢字&旧仮名遣いを使っていたように思う。

筑間書房の太宰治全集は、旧漢字&旧仮名遣いだった。
「……旧漢字・仮名遣いは改めてある」とか本のあとがきと奥付
(※本の末尾に書名や著者名、出版年月日などが記載された部分)
の付近によく書いてあるが。作家の書いた通りの旧漢字&旧仮名遣い=文語体で本を発行するのが魅力的だと思う。
できれば誤字でさえ残して欲しい。それが、生々しくていいと思う。
絵画は劣化するが小説・随筆はデータであるし複数存在できるので劣化の心配はない。


レスキューした本

角川文庫 
「心の行方を追うて」
著作者 田部重治(タナベジュウヂ)
注)■1884年(明治17年)8月4日 - 1972年(昭和47年)9月22日)
日本の英文学者・登山家。

昭和二十六年四月三十日 初版發行
昭和二十六年六月三十日 再版發行
定價九拾圓
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明るい方は、今年発行された角川文庫(絲山秋子・ニート)
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「心の行方を追うて」
は、1ページが行(たて)43文字・列(横)18文字で
1ページに最大774文字
「ニート」
は、1ページが行(たて)38文字・列(横)14文字で
1ページに最大532文字
774/=(割る)532で、「心の行方を追うて」の方が
約1.45倍文字数が多い=文字が小さい。

挟まってあった「愛読者カード」
img019.jpg

127mm×65mmの銀紙も挟まってあった。
甘いにおいがするので、多分お菓子のもの。

新潮文庫
「宮澤賢次集」上下
著者 宮澤賢次
昭和二十四年七月六日 發行
定價九拾圓
*地方賣價九拾五圓
img025.jpg

明るい方は、今年発行された角川文庫(絲山秋子・ニート)
イメージ 3.jpg

「宮澤賢次集」
は、1ページが行(たて)43文字・列(横)16文字で
1ページに最大文字が688
「ニート」
は、1ページが行(たて)38文字・列(横)14文字で
1ページに最大532文字
688/=(割る)532で、「宮澤賢次集」の方が
約1.29倍文字数が多い=文字が小さい。

確か新聞も、いつからか文字を大きくした。


*昭和28年に俺が生まれて3年間ほど親父が日記を書いてくれている。それに、
月給13500円とある。そう低い給与ではないはず。
あと
タバコの光(10本)が30円
米がヤミで一升200円から230円
一升は、思い違いでなければ10kg=6升6合であるので。
約151gだ、現在安価な米が4000円とすれば一升606円なので90円という文庫の価格は単純に「米換算では3倍の270円」ぐらいだが。昭和28年生まれの俺が知っている昭和30年代の一番安い葉書が5円封書が10円。銭湯が大人16円バス16円、子供(小学生)の小遣いが10円か20円お年玉100円からすると90円はかなり高価である。少し時期はずれるが、「葉書5円から換算すると90円は900円」になる。

紙の質は、昭和40年代以後の俺の知っている限りの文庫本と比べてもかなり頼りなく薄っぺらくてヒョロヒョロしている。

しかも、運送費の関連だろうが「地方価格」で5円の価格差は大きいと思う。

脱線したが、現在の文章の表記を「旧漢字&旧仮名遣い=文語体」にせよ。とは、言わないがせめて著者の使った「旧漢字&旧仮名遣い=文語体」は大切に保存し将来に継承して欲しい。
法令、公文書、新聞、雑誌、商用(契約等)、インターネットはしかたがない。また、公的な文書に関連する氏名もある程度はしかたがないが。
文庫・単行本は著者の書いた文字や仮名遣いを尊重して欲しい。

昭和20年代の文庫本は、俺にとってかなり魅力的である。

ちなみに、近代の単行本・文庫本は100年200年とは持たないそうである。管理しても紙自体が崩れて行くらしい。この古い文庫本2冊も最初からではなく劣化しているのかも知れない。
posted by akibonn at 01:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 活字中毒者の妄想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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