
ネットを彷徨って、
このブログに来る皆様の御健康と御多幸を
お祈り申し上げます。
akibonn
子供のころ、宇宙には漠然とであるが興味があり。
1986年2月9日のハレー彗星の大接近までは考えたことがある。ああ、「俺が32歳になっているのか」とは思っていたが。2009年までは、想像だにしなかった。それが現実として来た。
戦争もなく、驚天動地の変事もなく迎えたのであるが。昨年、孫まで出来た。大雑把には、「敗者」になってしまったが。まあ、ダンボールを持ってウロウロするまでもにはなってないのでそれも良し。
コンピューターというのは、俺の子供のころは「電子計算機」と言ってリレーが轟音を立てる「ビルのように巨大な存在」であった。それがコタツの上にあり、邪魔なら横に立てかけるなども予想もしなかった。あまり長生きもしたくもないが、どこまで人間の生活が変わるのかは出来る限り見届けたい気持ちはある。
JFKが1963年11月22日にに、遊説先のテキサス州ダラスの市内をリンカーンのオープンカーでのパレード中に狙撃され、暗殺されたニュースは。自宅から120KMほど離れた父親の実家にいるときに
テレビでの史上初めての「日米間のテレビ中継」の途中、急遽プログラムを変更し臨時ニュースとして「日米間のテレビ中継」を利用し[暗殺の瞬間]=〔ジャクリーン夫人が、JFKの飛び散った脳をかき集める瞬間〕が放送された。当時、JFKは俺にとって英雄であったのだが。後年、ベトナム戦争の派兵増強をした張本人であることを知った。
1969年7月20日、アポロ11号が月の周回軌道に着き。バズ・オルドリンとニール・アームストロングが月面に降り作業している時は、中継を高校一年の夏休みの活動として大阪のラサというプールで遊びながらプールのテレビで中継をしていたのでも観た。
「あさま山荘事件」は、1972年2月19日から28日午前10時に終焉に向うまで。大きな鉄球で、山荘を破壊したり。警官が狙撃されたり、一般人が突入し狙撃されて死ぬのもずっと中継されていたのを観ていそれだけに「赤軍派」「連合赤軍」という言葉への反応も強い。
ここ50年、日本は大きな社会の変化もなく戦争もなく経過しているのだが「政治的」には崩壊状態である。与党も野党も、あったのものじゃない。しかし、それは選挙の結果であり国民全体の責任である。
さて、今年はどうなるものやら……
正月を、野宿で過ごしている人もいるかと思うと
何かが、起こるかも……






本年もどうぞよろしくお願い申し上げますぅ。
今年はホントどうなるだろう。
ダンボール持ち歩くのも、昔ほど遠くはない
そんな気がしてなりません。
派遣村の炊き出しとか見ていると
いやいやほんとこの先の日本全体恐ろしいわ……
とりあえず、おみくじは大吉でした。ホッ
どうも『正月気分』にならなかったのですが、実家に身内が集合し弟のギターの伴奏で「近所から、苦情がこないのが不思議なぐらい」騒ぎました。
両親は、いい年なので。昼から夕方をチョイスし。後始末は、私がする覚悟だったのですが甥(高3)がササット片付けてくれました。
お年玉の威力です。
実家に行くまでに「氏神」さんへ初詣には行ったのですが。「おみくじ」は、引きませんでした。
おみくじはちょっと、怖いですなぁ。
新年早々、あの細木和子が自分の本のCMで頻繁&顔のアップでテレビに出ていました。
あれは「放送禁止」をキボンヌ。です。
会社も苦しくなり、人員整理に走っております。
嘱託社員だった方もお辞めになり、最後におっしゃったセリフは
今までが狂ってたんだ。
今の日本人は贅沢に慣れすぎてるんだ。
若い人は知らないだろうけれども、一生懸命働いても、今日明日のおまんまがやっと食べられるってのが普通なんだ。
元に戻るだけなんだよ・・・と。
確かに貧富の差というのは圧縮されて、庶民も物質的には豊かになっていたかも知れません。
しかし、大切な物をも無くして手に入れた豊かさだったのかも知れません。
本当に元に戻るだけなのでしょうか?
マッドマックスや北斗の拳の世界にならないことを祈りたいと思います。
いや、怖い怖い。
私自体、痴漢ごとき追い詰められない体力・体調なので(←経験済み)歩くのに必ず利用している「杖」を「仕込み杖」にでもしないと……。